東京地方裁判所 昭和52年(ワ)3218号 判決
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【判旨】
まず、原告側の事情として原告が請求原因4(一)<編注――原告は、本件土地の隣地40.36平方メートル(千代田区神田駿河台二丁目二番二七号)を所有し、その地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅、床面積一階17.35平方メートル、二階16.52平方メートルを所有して、原告、妻和加子、長女乃里子(訴提起当時一六才)、長男治彦(同一二才)が居住しているが、一階は飲食店営業に使用し、二階を住居用に使用している。二階は六畳の居間と約六畳のダイニングキツチンしかなく、居間は寝所でもあり子供の勉強部屋でもあり、子供の成長に伴いいよいよ狭くなり、その上夫婦生活にも支障を来すようになつた。荷物の置場もないため三階三坪を増築し物置に使用している。>の前段で主張する事実は当事者間に争いがなく、(一)の後段の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。また、<証拠>によれば、本件土地、その隣地の原告所有土地及び同土地上の原告居住建物のほかに原告が不動産を所有していないことが認められる。
次に、被告側の事情として、被告千葉<編注――本件土地の賃貸人>が本件建物において昭和四三年ころまで自ら喫茶店を経営していたが、同年に被告和光商事を設立し、以後、同被告が喫茶店を経営していることは当事者間に争いがなく、証人千葉隆司の証言によると、右喫茶店はニユーポートという屋号でモダンジヤズを聴かせる音楽喫茶として昭和三三年に営業を開始して以来学生や若い勤め人に親しまれ、被告和光商事<編注――本件建物の賃借人>に引き継がれた後もほぼ同様の顧客を対象にモダンジヤズを聴かせる店として営業していること、月収は約一〇〇万円で、うち一六万五〇〇〇円を家賃として被告千葉に支払つていること、被告和光商事は本件建物における喫茶店経営のみが事業内容であり、実質的には被告千葉の個人営業と異らないことが認められる。
ところで、<証拠>によると、本件土地を含む原告所有土地の存する地域は国電お茶の水駅から至近距離にあることが認められ、この地域が神田のいわゆる大学街に位置し、附近には高層ビルが存立し、その間に飲食店その他の店舗が密集する商業地域であつて、住居としてよりは店舗用敷地として高度に利用するに適した地域であることは当裁判所に顕著な事実であり、本件土地の近隣においても従前住宅もしくは住宅兼店舗として利用される傾向にあることが原告本人尋問の結果からうかがわれる。
およそ土地利用の方法が法令の制限内において土地所有者の自由であるとはいえ、その立地条件から来る土地利用上の制約を無視することは社会生活上妥当な態度とは認められず、このことは更新拒絶の正当事由の判断における一要素として考慮の対象となると考えられるところ、原告主張の正当事由は前記のとおり住居の狭隘を理由とし、従つて、本件土地を住居用敷地として利用することを目的とするものであるが、本件土地が前記のような商業地域にあることにかんがみれば、原告が他に住居を求める等の方法をとることなく、被告らが本件土地上の建物で長年にわたり経営して来た音楽喫茶店の営業を廃絶させることは必ずしも妥当といえないと判断される。とくに、原告は、前記のとおり、昭和四〇年に至り原告所有建物の一階を店舗にして飲食店を始めたのであつて、その時点で子供達の成長に伴い住居の狭隘さから来る生活上の不便が増大することを予測すべきであつたのであるし、また、原告が本件土地所有権を取得したのは、その後の昭和四四年であること、証人千葉隆司の証言及び原告本人尋問の結果から認められるところの本件土地を含む隣接土地のもと所有者深沢はつは各借地人にその借地部分の買取りを求めたのに対し原告は本件土地が被告らの店舗の敷地であることを認識しながら被告千葉にことわることなく本件土地を買受けたことを考え合わせれば、原告に更新拒絶の正当事由があると認めることには、なお躊躇を感ぜざるを得ない。
<証拠>によると、請求の原因4(三)で原告が主張するとおり昭和四七、四八年の二度にわたり被告の方から原告に対し本件借地権の譲渡の承諾を求めて来たことがあることが認められるが、証人千葉隆司の証言によると右は本件建物の所有権を被告千葉から被告和光商事に移転することを企図してしたことであると認められるから、右事実をもつて、本件建物を所有することが被告らにとり必要不可欠なものでないと判断する資料となし得ない。
同4(三)で原告が主張する調停の際の原告の建物建築の提案を被告が拒絶した事実も原告本人尋問の結果認められるが、右提案の具体性実現可能性が十分であつたかどうかを認めるに足る証拠がないから、右事実も正当事由の判断の資料とするに適当でない。
原告は、正当事由を補完するため一五〇〇万円の立退料の提供を申出ているが、仮にこれでもつて正当事由があるとして原告の本訴請求を認容した場合、もし被告千葉において借地法四条に規定する建物買取請求権を行使したとすれば、原告は右立退料のほかに本件建物の代金を支払わなければならず、その上本件建物の賃貸借関係を継承して被告和光商事に対しては直ちに本件建物からの退去を求め得なくなるのであつて、右立退料を提供する原告の真意と異なる結果が生ずることが考えられるので、右立退料提供の点は、正当事由の判断においてこれを取り上げることをしないのが相当である。
(牧野利秋)